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教員リレーエッセイ

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研究は日々の臨床疑問や興味から始まる


2022年5月18日更新
研究の始まりは『舌』に魅せられたこと
言語聴覚士は「コミュニケーション障害」や「摂食嚥下障害」の方にリハビリテーションを行う職種です。両者に関係する器官は『舌』という器官です。発話では舌の形や位置を変えて、様々な音を作り出します。嚥下では口腔内に取り込んだ食物を咀嚼するために臼歯に移送したり、粉砕した食物を唾液と混ぜて食塊を形成したり、食塊を咽頭に送り込む役割を担っています。私が『舌』に魅力を感じたのは、大学3年次の実習のときでした。担当した患者さんは構音障害の方でした。その患者さんは舌と顔面に運動麻痺があり、呂律がうまく回らず、音が歪んでいました。発話障害の原因や機序を探っているとき、指導教員に「舌は一つの塊ですが四肢と同様に左右から構成されていること、左右の舌筋が協調的に働くことで様々な形や位置を変えて音を作り出すことができている」とご指導をいただきました。非常に興味を抱きました。同時に「音を発するためには舌の筋力はどの程度必要なのか。四肢と同じであれば筋力トレーニングに効果はあるのか」という疑問が生まれました。これが私の研究の始まりでした。その後卒業研究で「舌の筋力増強訓練の効果」について検討をしました。

研究テーマは日々の臨床疑問から始まる 
嚥下のときに『ゴクン』と喉仏が挙がります。これを喉頭挙上といいます。喉頭挙上は食塊を咽頭から食道に通過させることや、食塊が気管に流入しないように防御する役割を担っています。加齢により、喉頭挙上に関わる舌骨上筋群の力が衰えるといわれています。舌骨上筋群の筋力を向上し、喉頭挙上を改善する目的で開発されたのが『頭部挙上訓練』です。頭部挙上訓練は効果判定が行われており、健常高齢者 (Shaker et al, 1997) や嚥下障害者 (Shaker et al, 2002) での有効性が検証されていましたが、運動負荷が高いために、実施することが難しい患者さんが多いです。そこで、「頭部挙上訓練に代わり、舌骨上筋群の筋力を強化できる訓練はないか」という臨床的な問いを持ちました。その後、大学院に進学し、「舌運動が舌骨上筋群の筋力向上に有用である」という仮説を立て、これまで下記の点を検証してきました。

①舌挙上が頭部挙上より舌骨上筋群の筋力を選択的発揮する(図1・2)(佐藤ら, 2018)
健常高齢者において、舌挙上運動100% (最大舌圧) 時の舌骨上筋群の筋活動は、頭部挙上およびメンデルソーンと比較して有意に高いことが分かりました。また、舌挙上運動100% (最大舌圧) は舌骨下筋群および胸鎖乳突筋の筋活動も2課題と比較し有意に低く、舌骨上筋群の筋力を選択的に発揮できることが明らかになりました。

図1 電極貼付部位
舌骨上筋群 (Ⅰ)、舌骨下筋群 (Ⅱ)、胸鎖乳突筋 (Ⅲ)、
アース電極 (Ⅳ) (佐藤ら, 2018より引用)

図2 課題ごとの舌骨上筋群の筋活動
(佐藤ら, 2018より引用)

②舌圧50 %の強度で筋力強化できる可能性がある (佐藤ら, 2021)
筋力強化訓練を行う際、適切な運動負荷量を設定することが必要です。舌骨上筋群の筋力強化が得られる舌圧の強度を頭部挙上時の筋活動から推定しました。健常高齢者では50 %の強度で舌圧発揮を行うと、頭部挙上と同等の筋力強化が得られることが明らかになりました (図3) (佐藤ら, 2021)。その後、舌骨上筋群の筋疲労の点から運動負荷量を検証しました (佐藤ら, 2019)。

図3 舌骨上筋群を筋力強化するための舌圧強度の推定
(佐藤ら, 2021より引用)

③舌挙上による訓練が嚥下反射の回数や口腔運動に与える効果 (佐藤ら, 2019)
上記②で得られた知見をもとに、健常高齢者を対象に介入研究を行いました。今後、嚥下障害例を対象に嚥下機能への効果検証を行う予定です。

現在の研究
話しことば(発話)は、呼気を喉頭で音(喉頭原音)に変換し、構音器官の形を変えることで生成されます。母音や子音は、構音器官といわれる「顎・口腔・顔面・軟口蓋」の形を変えて発音されます。母音は口の開き方(舌の高さ)や舌の前後位置(赤丸)、口唇の丸めの有無(緑丸)のように形態を変化させて発音されます(図4)。現在は3次元動作解析装置や表面筋電計を用いて、構音や咀嚼時の顎顔面運動と筋活動動態の解析を行っています(図5)。この研究を通じて、構音障害や嚥下障害の方の運動を検証し、効果的な訓練方法を開発していきたいと考えています。

図4 母音生成時の顎顔面運動の変化
(峰松信明(日本音声学会音声学普及委員会)より一部改変)

図5 「あ」発音時の顎顔面運動の変化
(顎顔面にマーカーを貼付し、3次元的に動作を解析。①がX軸、②がY軸、③がZ軸への変位量を示す。)