聖隷の歴史

上:聖隷准看護婦養成所
中:ドイツより『ディアコニッセ(奉仕女)』5名来園。右から長谷川保、ドーラレユベスター、ストルーム、イルムトルーム、ライスウィワ、エルゼ、フリーダ、ハニ
下:ドイツ・シーメンス社製胸部断層レントゲン装置を設置

1952(昭和27年)

5月  聖隷准看護婦養成所開設。
社会福祉事業法による社会福祉法人の認可を受け
「聖隷保養園」と名称変更。

1953(昭和28年)

4月  さらに福祉事業の推進のため、これまでの無給料・無報酬の共同奉仕生活から『給料制』の導入へ。
5月  日本の看護精神の確立のため、ドイツより『ディアコニッセ(奉仕女)』5名来園。

1954(昭和29年)

8月  聖隷保養園浜松診療所を元目町に開設。
ドイツ・シーメンス社製胸部断層レントゲン装置を設置。重症結核患者の治療で国内屈指の評価を得る。
11月  生活保護法に基づき、結核回復者のアフターケアとして聖隷更生園を始める。

1959(昭和34年)

11月  元目町の浜松診療所を聖愛園(旧聖隷社農場)の敷地に移し、新たに聖隷浜松診療所として発足。

1960(昭和35年)

12月  遠州栄光教会三方原教会堂献堂。
十字の園/胸部レントゲン車 第1号(右下)

1961(昭和36年)

1月  ディアコニッセ(ハニ姉妹)の尽力により要介護老人のための『十字の園』を開園。
6月  胸部レントゲン検診車(第1号)購入。
7月  予防検診活動開始。

上:聖隷浜松病院本館/下:人工心肺を用いた最初の手術

1962(昭和37年)

3月  聖隷浜松病院本館落成。
6月  人工心肺を用いた最初の手術を東京女子医大の榊原仟教授執刀により行う。

1963(昭和38年)

5月  成人病検診1号車を購入し、成人病検診開始。
8月  聖隷浜松病院院長に東京女子医大の中山耕作博士を招き、脳外科手術を始める。

上:学校法人聖隷学園/下:小羊学園

1966(昭和41年)

4月  聖隷准看護学園(旧聖隷准看護婦養成所)を発展的解消し、『学校法人聖隷学園』設立。
聖隷学園高等学校衛生看護科開校。
5月  知的障害児施設「小羊学園」を開園。