聖隷の歴史

浜松伝道所にて。後列左端 長谷川保、左から3人目 大野篁二。
中列左から3人目 植村正久牧師、4人目 伊藤恭治牧師。

1921(大正10年)

ブラジルに渡り大コーヒー園主になろうと東京の「日本力行会海外学校」に入学。キリスト教の精神を学ぶうちに礼拝中に聖霊に充たされ、「お前は日本にとどまり、日本民族の救いのために働け」と神の啓示を聞く。

1923(大正12年)

5月  遠州栄光教会の前身「日本基督教会浜松伝道所」が開かれる。
11月  徴兵のため浜松に戻った折、大野篁二とともに洗礼を受ける。12月に入隊
聖隷社クリーニング店にて。
左より2人目 長谷川保、市川伊六、鈴木唯男。

1926(大正15年[昭和元年])

4月  教会の青年たちが社会事業を目的に復活祭の日に「聖隷社」を開業。現在の聖隷グループの源流の船出である。
聖隷社の一番目の事業「聖隷社クリーニング店」を長谷川保、大野篁二、山形春人の3人で開設。
8月  日本楽器大争議、長谷川保らに多大な影響を与える。
和地山に大野篁二が二番目の事業、1haの「聖隷社農場」を開く。
 
消費組合浜松同胞社。
前列左より 鳥居恵一、山形春人、長谷川保
中列左 栗原信一、後列左より鈴木唯男、市川伊六、野末。

1928(昭和3年)

3月  鳥居恵一 賀川豊彦の農民福音学校に参加し、消費組合運動の話を聞き感激、雨宮猪藤、長谷川保らと「消費組合浜松同胞社」を創立。以後、1939年(昭和14年)1月まで活動を続ける。
4月  長谷川保 東京神学社(現東京神学大学)に学ぶ。16世紀の偉大な宗教改革者ジャン・カルヴァンを学び、生涯の思想と生活のバックボーンとする。